資格・進路

室温で保存したフリーズドライ精子の仔マウス作出成功率に改善効果を示す試薬の発見 2019年5月発表

生命工学科を2018年に卒業した、修士課程(バイオサイエンスコース)2年生(2019年4月現在)の伊藤大裕さんらのグループが、数ヶ月間室温保存したフリーズドライ(凍結乾燥)精子から仔マウスが産まれる成功率の低さを、トレハロースという試薬が改善することを明らかにしました。この成果は伊藤さんが筆頭著者として、繁殖生物分野の国際雑誌Journal of Reproduction and Reproductionに、Effect of trehalose on the preservation of freeze-dried mice spermatozoa at room temperature (マウスフリーズドライ精子の室温保存におけるトレハロースの効果)の表題の原著論文を発表しました。なお、本研究成果は同雑誌の2019年度の最優秀論文賞にも選出されています。

 

 

 

 

 

 

 生殖細胞の保存技術は、絶滅危惧種や家畜動物、実験動物などの貴重な遺伝資源の保全に欠かせない技術です。精子のフリーズドライ(凍結乾燥)技術は、超低温冷凍庫などの特別な保存設備や厳密な温度管理を一切用いず、例えば研究室の机の引き出しなどの室温でさえ1年以上も精子を保存できる唯一の技術です。ところが精子のフリーズドライ処理は、仔が産まれる成功率を著しく低下させてしまうことが知られています。この低出産率の改善に向けて、伊藤さんは自然界にも存在する試薬(トレハロース、糖の一種)を添加して精子をフリーズドライにする研究を行ってきました。

 トレハロースは、クマムシやネムリユスリカという体の大半が脱水状態になっても生命活動を“休止状態”に留めておける生物の体内から発見されているほか、乾燥シイタケが水に浸すと再び柔らかくなるメカニズムに関与することが明らかになっています。伊藤さんらは、トレハロースを添加してからマウス精子をフリーズドライにすることで、フリーズドライから再加水した精子の保存状態を改善できるのではないかと考えました。その結果、根本的なフリーズドライ処理による急激な出産率の低下は改善しませんでしたが、多系統のマウス精子において数ヶ月間の室温保存後に出産率を改善できることを明らかにしました。特にこの改善効果は、マウスを用いた研究に広く使用される近交系と呼ばれるマウス系統で顕著に得られ、最大で4倍近く出産率を改善することに成功しました(図1)。この成果は今後、近交系を中心とした様々な実験マウスの精子保存やフリーズドライ精子の低出産率改善に向けた研究に役立つと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

図1トレハロースを添加して保存したフリーズドライ精子の系統ごとの出産率